“ 「無記」と並んで仏教思想を特徴づける概念に「五薀皆空」がある。色(知覚の対象である物質)と受、想、行、識(自己の様々な認知プロセス)の五個の要素すべてが「空」であるという。(…)つまり、認識主体である自己が存在し、客体である物質が存在し、その相互作用として知覚が生じる、という発想は転倒している。知覚されているという「コト」だけが確実な現象であって、認識する自己という「モノ」や、認識される物質という「モノ」が実在するとも、実在しないともいえない。それは問うてはならないことなのである。だから、釈迦は沈黙した。これは、後の相対性理論や量子力学、根本的行動主義の徹底した実証主義と立場を同じくする。”
—蛭川立「意識のコスモロジー/ガンジスの砂の数ほど」 風の旅人2011年6月号